速玉大社も行き、熊野三山では本宮を残すのみだが、那智の大滝は一見の価値がある。まるでゴジラのような大きさであった。
新宮市立歴史民俗資料館は
阿須賀神社の境内にある。この神社の背後にある蓬莱山は徐福伝説が残っている。異国も他界も同じことだったのではないだろうか。
熊野は海を媒介に他界に通じる道であった。那智山は補陀落山の東門と見なされ、僧侶は渡海船に身を閉じ込めて南海の果ての補陀落山を目指して、北風の吹く11月に旅立った。

補陀落渡海船 補陀落山寺
経済政策手詰まりの今日こそ、経済人類学者が元気でなければならないのだが、栗本さんは脳梗塞後あんまり元気がない。でも、ニューアカデミズムブームで語られていたことはようやく四半世紀後にあれこれ現象し始めているんだなとこれを読んで思う。
同社ホームページから
「 商標の「天狗」の由来は、当時近くにあった居酒屋が天狗の面の酒杯を用い、飲み終わらないと下に置けないことから大変繁盛していたことと、出身地安宅にゆかりのある義経(鞍馬山)とを重ね合わせて、機知に富み、また常にチャレンジ精神を持ち続けたいという思いから、天狗の面をもって自家の商標としたのであります。
創業当時(明治41年)は、食肉の習慣が普及していないこともあり、創業者の中田岩次は、自ら天狗の朱面をつけて馬にのり、手には大きな団扇を持って街を練り歩き、店名及び「天狗乃肉」の周知はもとより、食肉の消費拡大に努めました。
さらに二代目岩次郎は、次代は担う青少年への更なる食肉普及に努めるとともに、現在の食肉総合メーカーとしての礎を築き上げました。以来、「天狗」は商標であるとともに、当社の守り本尊となっております。」

金沢で天狗を商標にしている、もっとも大きな企業だろう。