フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

英彦山銅鳥居(ひこさんかねのとりい)

銅鳥居d 銅鳥居石段
 雨は相変わらず降っている。
「銅鳥居
 寛永十四年(1637年)佐賀藩主鍋島勝茂によって建立された青銅製の鳥居である。
鳥居正面の「英彦山」の扁額は享保十四年(1729年)に霊元法皇によって下賜されたものである。
昭和十四年に国指定重要文化財に指定された。」
(福岡県町村会HPから)

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日田 うなぎ屋

鮎鰻002
 まだ雨は降っている。3月21日の昼食は、日田市内の鰻屋。雨が降っていることもあり、豆田地区のレトロな町並を傘をさして散策する観光客は多い。せいろ蒸しを食す。
「鮎・鰻特集
 日田では、昔より川魚が重要なタンパク源であり、鮎や鰻などの川魚料理も広く親しまれてきました。香魚とも呼ばれる「鮎」は、その名の通り香り高い味わいが魅力。「塩焼き」はもちろん、刺身として骨ごと食べる「背ごし」や甘辛く煮付けた「甘露煮」といった食べ方もおススメ。美味且つ滋養強壮にも効果があるといわれる「鰻」。蒲焼やせいろ蒸しといった食べ方のほか、さっと湯に通して酢味噌で味わう湯引きという食べ方が珍しい。」
(『日田町歩きマップ』から)

小鹿田の里

小鹿田窯業家 小鹿田郷 登り窯1 登り窯2
  小鹿田は陶土を唐臼で細かくし、水槽で沈殿させ、とすべてを手作業で陶器作りまでを行う。窯業家は十軒。そのうち一軒は高齢でもうすぐ廃業するとのこと。
「重要文化的景観「小鹿田焼の里」
~陶郷の原風景をもとめ 里と里山景観の美しさを次世代へ伝える~

 身近な景観で、日頃からその良さに気づかないものが多くあります。文化的景観は「地域における人々の生活又は生業及び当該地域の風土により形成された景観地で、我が国民の生活又は生業の理解のため欠くことができないもの」とされ、地域の生活・生業に根ざした景観の文化的な価値を守り、次世代へと継承する制度として、平成17年4月に文化的景観保護制度が施行されました。
 日田市では、平成20年3月28日に九州で初めて(全国で5番目)、重要文化的景観「小鹿田焼の里」として集落警官区域14.1haが選定を受け、されに平成22年2月22日に山林景観区域224.7haが追加選定を受けました。現在では、二つの区域を合わせた238.8haについて、小鹿田焼の里文化的景観保存計画に基づき保存整備等に取り組んでいます。
 「小鹿田焼の里」の集落景観区域は、江戸時代中期から窯業を営む皿山地区と、農業を営む池ノ鶴地区に分かれています。皿山地区では、開窯以来「小鹿田焼」の伝統技術が継承されており、平成7年には国の重要無形文化財の指定を受けました。「小鹿田焼」の伝統を重んじたことが、特徴的な屋敷地の構成を生み出し現在も歴史的な土地利用が継承されています。一方、池ノ鶴地区では、狭隘な谷地において水の利用や土地利用の面で試行錯誤が繰り返され、棚田の石積や伝統的な屋敷地の構成が良好に保全されています。両地区とも「小鹿田焼の里」の生活や生業のあり方を理解する上で貴重な文化的景観です。
 また、周辺の山林景観区域は、皿山・池ノ鶴両地区の生活・生業に必要な、水や土・木等の地域資源を育む役割を担っており、皿山地区の窯業(作陶や唐臼)や池ノ鶴地区の農業(棚田の掛け流しやヨケ)にも深い関わりがあります。このような地域特有の文化的景観を今後も守り続け、次世代へと継承して行かねばなりません。
                    平成24年3月
                      日田市教育委員会」(案内板から)
唐臼 唐臼2 唐臼水路

登り窯3 登り窯4 登り窯5
 各窯元は自作の販売所を開けていて、そこで器を買った。陶芸館では、もっと見たかったらと、カフェ&展示場を教えてくれた。日田市内で昼食をとるつもりで戻って行く。
鹿鳴庵001 鹿鳴庵002

小鹿田焼(おんたやき)

小鹿田焼web 小鹿田焼陶芸館 小鹿田焼パンフ001
 3月21日も雨がやまず、これはインドアか、と小鹿田焼陶芸館を目指す。英彦山の麓辺りなので、日田からはけっこう距離があり、また、昨年の台風の影響で、途中山崩れの跡が復興し切れずに残っていたりする。『日田町歩きマップ』にあるように、「機械を一切使わず全ての工程を手作業で行っており、これらの技と心を約300年もの間一子相伝で継承し続けて」いることが、陶芸館の映像資料を見てわかる。特徴的な飛び鉋などは、柱時計のゼンマイを使って模様をつけるのだ。鳥取の民芸店で、小鹿田焼の杯を買って以来、ファンで今回産地を訪ねられるのはたいへん嬉しい。
「鶴河内村(現日田市鶴河内)
 地内皿山さらやまの小鹿田焼は文禄・慶長の役に朝鮮から筑前国小石原こいしわら(現福岡県小石原村)に伝えられた陶法を伝承したものとされ、宝永二年(一七〇五)柳瀬三右衛門を招いて製作したのが始まりという。その製法は県指定無形民俗文化財。」(『大分県の地名』から)
 窯元の販売所で器を幾つか買った。

羅漢寺

羅漢寺案内板 羅漢寺リフト 羅漢寺仁王門 羅漢寺石段
 雨の中、リフトもあるのだが、足を使って登る。しかし、ここでは本当に滑って、起き上がろうとする所をまた滑った。手をついたので、手のひらに血豆ができてしまった。
 3月20日はこれで終わり、日田の宿に向かう。
羅漢寺山門 羅漢寺崖上 羅漢寺千体地蔵
羅漢寺山門2 羅漢寺通路 羅漢寺岩穴
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