フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

津波地蔵、鯨供養塔

逢川沿いに津波を記念した地蔵を見つけた。
津波地蔵
「熊野市指定文化財 民俗文化財 有形民俗文化財
津浪地蔵 
一、形態 自然石を立て地蔵を模す 
二、位置 津波のきた地点 
三、建立者 当時のいずみ屋こと倉谷家
 嘉永七(1854)年十一月四日午前八時頃、熊野灘沿岸に大津波襲来、二木島では波高10mを越えたと伝えられ、民家は全滅状態、造り酒屋のいずみ屋の主人倉谷氏は、大勢の亡き人の供養を思い立ったが、自家も流されて無一文、やむなく付近から恰好の自然石をみつけてきて、地蔵を模して建立し、供養しました。」(案内板から)

また、JR二木島駅の裏手の崖に鯨供養塔があった。
鯨供養塔2 鯨供養塔近くの常夜灯 鯨供養塔1
「鯨の供養塔(三重県指定有形文化財)
 鯨は古くは大魚、勇魚と書かれた。食用、油、細工ものに利用されて、一頭捕れば七浦潤ったという。熊野はわが国の捕鯨発祥の地として、熊野灘沿岸、九十九浦に鯨方があったといわれ、甫母、二木島、遊木、古泊、木本などにあった。特に二木島は、捕鯨の基地として格別の賑わいを見せた。この碑は寛文11(1671)年に建てられたもので、中央に『鯨三十三本供養塔』、右に『寛文十一竜集辛亥』、左に『三月吉日木下彦兵衛建』と彫られている。」(案内板から)
三重県文化財データベース



 
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