フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

健男霜凝日子神社神幸所

健男霜凝日子神社神幸所 健男社神幸所社殿 地神塔
「式内健男霜凝日子神社神幸所
穴森神社(宝永三年より)
由緒
 延喜式神名帳に曰く豊後国直入郡一座健男霜凝日子神社とある。続日本紀仁明天皇記に曰く承和十年九月豊後国無位健男霜凝日子神社奉授従五位下、三代実録陽成天皇記に曰く元慶七年九月二日従五位下健男霜凝日子神社授正五位下とあり明治十二年十一月県社に列せらる。晴雨風雪等天候の守護神として近郷の信仰篤し。
 当社は上宮・下宮・神幸所とあり上宮は神代より山頂に鎮座し健男霜凝日子神として奉祀す。下宮は当所より西方五〇〇米の岩窟内に鎮座し白雉二年建立し豊玉姫命、彦五瀬命、鵜葺草葺不合命を合祀す。当所は圀幣小社昇格の為相応規模の社殿を昭和九年建築せるも終戦により中断し神幸所として現用す。」
 これが神の里交流センター緒環のすぐ近く、神原(こうばる)川の向こうにあるもの。左手の山は樹木で隠れているが、ものすごい岩山になっている。また近くには深田久弥の登山碑もある。
「深田久弥 1903年~1971年
 石川県加賀市大聖寺出身 作家 鎌倉文士 日本山岳会副会長
 自然と山を愛し、ヒマラヤをはじめ国内外の山々を広く名文で紹介
名著『日本百名山』で知られる山の文学者 昭和37年3月、九州岳人加藤数功とともに此地 祖山館に宿泊し祖母山に登る 大気好天 残雪あり」(碑文から)
神原川向う神幸所 深田久弥登山碑


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