フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

祖母山

 3月20日の調査も終わり、残すはあと1日になる。大分の居酒屋は、大手のチェーン店が軒並み、すぐ酒を持って来ないという欠点があることに気付いた。よかったのは、個人でやっている店だった。
居酒屋
 明けて3月21日、神原から祖母山に、少しだけ登ってみようということで一の滝の手前まで行く。
「祖母山
 姥嶽うばだけ山・嫗うばが嶽・祖母岳ともよぶ。「豊後国史」によると、山頂にある石祠の祖母岳明神が神武天皇の祖母豊玉比売を祀ることに由来するという。この石祠は二つあり、一つは竹田市の健男霜凝日子たけおしもこりひこ神社と緒方町の健男霜凝日子麓たけおしもこりひこふもと社の上宮であり、一つは高千穂町五ごヶ所しよの祖母嶽神社の上宮である。
 「平家物語」巻八に蛇体と人の娘とが交わる神婚説話を伝え、蛇身について姥嶽の岩屋にすむ「高知尾の明神の神体なり」と記す。「源平盛衰記」巻三三、「日向記」などにはこの三輪山型伝承を記しており、山岳信仰の発端を示唆している。」
(『大分県の地名』から)
一の滝 登山碑 深田久弥登山碑
 「深田久弥 1903年~1971年
 石川県加賀市大聖寺出身 作家 鎌倉文士 日本山岳会副会長
 自然と山を愛し、ヒマラヤをはじめ国内外の山々を広く名文で紹介 名著『日本百名山』で知られる山の文学者
 昭和三十七年三月、九州岳人加藤数功とともに此地 祖山館に宿泊し祖母山に登る 大気好天 残雪あり」
(深田久弥登山碑から)
 また、昼食を交流館苧環で食べる。近くに深田久弥登山碑があった。




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