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フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

多賀城廃寺跡

廃寺境内 廃寺金堂跡 廃寺講堂跡
「多賀城廃寺跡
 陸奥国府多賀城跡の東南方約1㎞の多賀城市高崎の丘陵上に位置するこの寺跡は、多賀城の創建とほぼ同じく奈良時代の前半に、付属の官寺として建立されたものである。
 多賀城廃寺跡は、大正11(1922)年10月12日に多賀城跡とともに史跡に指定され保存されてきたが、昭和36・37年に学問的価値と保護の基礎資料を得るため発掘調査が行われている。調査の結果、塔・金堂・講堂・中門・大房・小子房・鐘楼・経楼・東倉・西倉などの建物が判明しており、創建当時から正に七堂伽藍をそなえた本格的な古代寺院であったと思われる。
 同廃寺跡は、昭和41年に国の特別史跡に指定され、調査に基づいて環境整備が行われ、現在史跡公園として市民の憩いの場となっている。」
(案内板から)
廃寺跡林 廃寺塔跡 廃寺塔礎石
「伽藍配置
 発掘調査の結果、塔・金堂・講堂などの主な建物は、凝灰岩を使用した基壇(基礎事業)が築かれており、柱には礎石(土台の石)を使った建物であった。
 伽藍中軸線の南北に中門と講堂があり、築地塀で囲まれたこの中間には、三重塔と金堂が向かい合っている。この伽藍配置は、福岡県の太宰府の付属寺院である観世音寺によく似ている。」
(案内板から)
廃寺多賀神社 多賀城廃寺跡伽藍配置図
伽藍配置図((「史跡の環境整備に関する事例的研究(III) : 多賀城廃寺跡の利用者および周辺居住者の利用実態と意識の調査」近藤 公夫、『造園雑誌』 34(4), 8-14, 1971-03-29から) 
多賀城跡から車で少し、東北歴史博物館の近くまで行った。こちらにも近くに多賀神社がある。ここから一関まで高速道路で1時間半くらいかかるので、3時くらいに多賀城を発つ。
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