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フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

高館義経堂

高館義経堂入口 束稲山北上川 束稲山案内板
 駐車場に車を置いて坂を登って行く。昨夜通り過ぎた台風21号のせいで木の枝や木の実がたくさん落ちている。入場料を払って階段を上がると、北上川と束稲山(たばしねやま)古くは駒形山がきれいに見える。
高館義経堂001 高館義経堂002
「高館 義経堂
 高館は北上川に面した丘陵で、判官館(はんがんだて、ほうがんだて)とも呼ばれています。現在では、その半ばを北上川に浸食され狭くなっていますが、この一帯は奥州藤原氏初代清衡公の時代から、要害地とされていました。兄・頼朝に追われ、少年期を過ごした平泉に再び落ち延びた源義経公は、藤原氏三代秀衡公の庇護のもと、この高館に居館を与えられました。地元で判官館と呼ばれているのは、義経が判官の位にあったことに由来します。しかし、文治五(1189)年閏四月三十日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。丘の頂上には、天和三(1683)年、仙台藩主第四代伊達綱村公が義経を偲んで建てた義経堂があり、中には義経公の木像が安置されています。高館からの眺望は平泉随一といわれ、東にとうとうと流れる北上川、束稲山(別名・東山)が見えます。また西からは、かつてその流域で前九年・後三年の役の戦いの場であり、弁慶立往生の故事でも知られる衣川が北上川に合流しています。」
(パンフレットから)
仁王像 義経堂 頼三樹三郎詩碑 芭蕉句碑
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