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フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

闘鶏神社

闘鶏神社参道 闘鶏神社鳥居 闘鶏神社拝殿
 10月25日紀州田辺に出かける。まず田辺の闘鶏神社を訪れた。
「闘鶏神社とうけいじんじや [現]田辺市湊
田辺市街の東部に連なる小丘陵の西端、仮庵かりほ山の北麓にあり、ほぼ北向きに鎮座。祭神は伊邪那美いざなみ命をはじめ熊野一二神。旧県社。江戸時代には新熊野いまくまの闘鶏権現社といわれ(続風土記)、ほかに新熊野十二所権現・新熊野鶏合とりあわせ権現などの称もあった。現在も権現さんの称で親しまれる。なお寛政六年(一七九四)の新熊野十二社大権現垂跡私記(地蔵寺蔵)によると神名・本地仏は熊野本宮と同じである。〈大和・紀伊寺院神社大事典〉」
"とうけいじんじゃ【闘鶏神社】和歌山県:田辺市/湊村", 日本歴史地名大系, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-11-11)



「社殿背後の仮庵山(かりおやま)について。
 熊野が誇る世界的博物学者・ 南方熊楠(みなかたくまぐす。1867~1941)は仮庵山のことをクラガリ山と呼んでいますが、クラガリ山について熊楠は「当県で平地にはちょっと見られぬ密林なり」と述べています。クラガリ山の老楠が伐採されたとき、熊楠は猛烈に抗議しました。そのおかげでそれ以上の伐採は免れたようです。
 熊楠の妻は、闘鶏神社宮司であった田村宗造の四女・松枝(まつゑ)であり、そうした縁もあり、熊楠は、この闘鶏神社の森を「熊野植物研究の中心基礎点」としました。」
み熊野ねっと「闘鶏神社」から)
闘鶏神社拝殿内 闘鶏神社本殿 仮庵山

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