フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

鰐淵寺

8月12日、日御碕から回ったから道がタイヘン!
案内板から
「天台宗 浮浪山 一乗院 鰐淵寺 開山 智春上人 推古2年(594年) 本尊 千手観世音菩薩 薬師如来
推古2年(594年)智春上人が推古天皇の眼疾を浮浪滝に祈って平瑜されたので、その褒賞として建立された勅願寺である。天竺霊鷲山の艮地が欠けて浪に浮かんで流されて来た土地で浮浪山と称す。上人密法を修し給う折、誤って碗の仏器を滝壺に落とされたとき、鰐魚が鰓にかけ浮かび上がったことにより寺号を生じる。
 伝教大師が比叡山に天台宗を開かれると、慈覚大師の薦めもあり、日本で最初の延暦寺の末寺となる。又、早くより出雲大社との関係を密にし別当寺ともなった。
 元弘2年(1333年)後醍醐天皇が隠岐遷幸の折、長吏頼源が国分寺御所に伺候して、ご宸筆の願文(重要文化財)を賜った。永禄年間には和多防栄芸が毛利元就の尼子攻めに助力したため、天正5年孫の輝元はこの栄芸の功労を愛で本堂を再建した。
 又、弁慶は18歳で当山に入り、3年間修業の後、書写山から比叡山に登ったと伝えられており、その伝説や遺品にも事欠かない。一方、23,635坪の山内は自然に恵まれ、春は緑の香にむせび、秋は深紅になる「いろは紅葉」が全山を覆う。」
鰐淵寺石段  鰐淵寺本堂

浮浪滝には懸け造の蔵王堂があり、それが目当てだったが、直前の台風で沢が増水、飛び石を渡れそうもないので断念。これもまた来よう。
地図

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