フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

勅使燈籠

坂出市塩業資料館瀬戸内海歴史民俗資料館を見た後、坂出市街に戻り、塩竃神社にある勅使燈籠を訪れた。
勅使灯籠  海に臨む  塩竃神社
「慶応四年八月 明治天皇勅使をわが坂出に遣わして白峯山の崇徳院御霊代を京都に奉遷し給う その盛事古今未曾有村民慎んで神輿を送迎し奉る 同年九月有志相謀り港に燈籠を建てて記念とす 村民これを勅使燈籠と呼んで当時を偲ぶ 昭和八年港湾拡張の際除かれて荒廃す いま明治百年を迎えるにあたり港を見下ろすこの地に補修再建してこれを後世に伝えんとす 昭和四十三年八月吉日 再建寄進者 阿河武千代 父の志を記す 平成十一年十二月吉日 阿河益太郎」
ということで、白峰神宮が京都に出来た時の、坂出側の反応。
讃岐の風土記 保元の乱に敗れて怨霊となった崇徳上皇
(他にもあるエピソード)
「昭和39年9月21日、白峯御陵と頓証寺で崇徳上皇の八百年祭が営まれた当日の未明、にわかに激しい雷鳴が御陵周辺に響き、同時刻頃、白峯の麓の林田小学校の校舎が火災で全焼したそうです。地元の人の間では、これらは上皇の怨霊のたたりだと囁かれているそうです。」
塩竃神社地図

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