フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

金刀比羅厳魂(いずたま)神社

奥の院には威徳巌(いとくげん)があり、大天狗と烏天狗が彫られている。
金刀比羅厳魂神社  威徳巌  天狗面
「さきにも名をあげた今村美景は、寛永十二年(1800)刊の『金毘羅御利生記』の中で、『象頭山と白峯と年数ちがひの事』と題して、『決してそういうことはない』と強調しているけれども、文化五年(1808)から六年にかけては、金毘羅の眷族趣海房に誘導されて天狗界のことを見聞してきた神城謄雲の往来談が、幕臣稲田喜蔵によって記録された。謄雲は、当時江戸でも名高い藤川道場で剣技を修め、同門の友人が開いた塾では代稽古を勤めた青年であり、稲田喜蔵は、御広敷番頭という役にあり、ともに信頼のおける人物であったので、この記録は、江戸の人たちの間に、だんだんと広まっていった。さきに、『椿説弓張月』の中で、金毘羅のこと、ことに崇徳院との関係などを考証した滝沢馬琴は、文化十年には、『金毘羅大権現現利生略記』を著し、種々の興味深い霊験談を述べているが、それは序文にも、
 
 世俗相伝へて金毘羅は崇徳院の神霊を祭り奉るといふもそのよしなきにあらず

とあるように、崇徳院と金毘羅を一体と見る立場からなされている。」
(松原秀明「金毘羅信仰と修験道」『金毘羅信仰』)


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