フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

重屋の源助

重屋(おもや)の源助、団三郎四天王の一。
真野行政サービスセンターと新町大神宮  新町大神宮  源助大明神
 真野行政サービスセンターにレンタカーをとめて隣の新町大神宮に向かう。この社の向かって左側に二つの石塔のような社があり、これが源助大明神。重屋の源助という二つ岩団三郎の四天王といわれるムジナ、トンチボの一匹だったようだ。石塔の横にムジナ用の穴が開いているということだが、それを見逃してしまった。酒造業の重屋山本半右衛門に住みついていたトンチボで、杜氏に憑霊したらしい。
 『日本歴史地名大系』によると、新町村は1589(天正17)年上杉氏佐渡攻略によって廃城となった雑太(さわた)城・吉岡城の城下の住人が、追々台地下の海辺に集まり村が成立したとする。「駅馬のため」と記すので、旅人のための商売を中心としたのであろう。新町大神宮文書にある。当地の山本半右衛門家は寛文年間、相川の山師から商人として新町へ入った家であるが、1713(正徳3)年以後、これ以前からあった茶屋屋敷と称する特設休泊所に代わって本陣となり、奉行はじめ奉行所役人らの休息所を勤めた、とのこと。
佐渡ヶ島がっちゃへご「ガシマ」
真野新町地図
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