フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

波田須と徐福の宮

22日、23日と波田須から新鹿、二木島をまわった。
徐福の宮から見上げる  徐福の宮と波田須  徐福の宮を下に
波田須
新鹿(あたしか)村の南南西、熊野街道沿いの山麓に村落が点在する。東は熊野灘に面するが、荒磯のため船繋りする所がなく漁労できず農林業の村である。「紀伊続風土記」は「波田須の義詳ならす、或は古は秦住(はたす)と唱ふ、秦の徐福此に来り止まりし故秦住といふといへり、妄説にして信するに足らす」と記す。しかし当村の徐福伝承は古くよりあり、徐福終焉の地といわれる所に墓を建て、小祠を祀る。(『三重県の地名』)
波田須地図


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