フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

桃太郎神社と貞照寺(8)

老来覇気なし     福澤桃介
 私も今は善人になって意気地がなくなってしまったが、以前は随分覇気横溢という風であった。われわれの仲間に杉山榮というエンジニアとしては、日本一の技師が居る。木曽川開発が今日のような大規模になったのはこの人の功績といってもよい。しかるに大井のダムを造る相談を始めた時には、流石の杉山君も尻込みの態で、
『ダムというのは剣呑です。日本ではまだやる人がない。木曽川をまず水路式でやって、その後にダムをやったらよい。その内に米国で研究ができてからやった方が安全だ』
という。けれども私はそれがやってみたくてしょうがない。偉いものを造ってみようという野心に燃えた。ダムを造るためには金もかかる。木曽川は、男伊達なら木曾の流れを止めてみよという歌があるくらい激しい流れだから、出来ないという議論がある。社長も乱暴だ早過ぎるという議論もあったが、なにかまわないというので始めた。もしダムが崩潰したら、そこへ身を投げて死ねばよい。そうしたら神様になれる。木曾義仲と同じく永久に神様になれるんだ。どうせ弱い身体で長い命ではない。長い命でないものなら、あそこの神様になった方がよろしいと思ったり言ったりした。それが出来て私は神様になれずにしまった。ところがこの間も鵜沼に行ってみると別荘が建っている。そこで思った。木曽川に大洪水があっても大丈夫だが、もし大井のダムが崩れては下流にある鵜沼は駄目だ。大井のダムが潰れては大変だ。万一の場合には舟をやとって逃げようということを考えるほど、私は臆病になってしまった。そのくらい弱くなったのだ。病気になってからすっかり金も名誉心も何もない。神様になるよりも長生きさえすれば、よいという弱い気になってしまった。これでも病気が良くなったら、またきつくなるかも知れない。
『福澤桃介翁伝』1939年2月 福澤桃介翁伝記編纂所
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桃太郎神社

木曽川をはさんで貞照寺と向かい合う。なんらかの関連があったのか。

  • 2007/09/06(木) 09:27:28 |
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貞照寺飾り羽目板

今朝届いた貞照寺の飾り羽目板と下絵のページ編集に一日がかりだった。 この画像、岐

  • 2007/09/06(木) 13:55:29 |
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