フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

神西城跡

神西城跡 神西城跡石碑 神西湖遠望
「神西城跡
この山城を一般に神西城というが、正式には、龍王山竹生城(たけのお)という。
 貞応2(1223)年相模国鎌倉から小野高通が地頭として下向し、ここに築城したといわれる。
 以後、神西の地名をとって神西三郎左衛門を襲名し12代続いた。
 城郭の最高所は那売佐神社の裏山で、標高101メートル、神西湖や出雲平野が一望できる。主郭3、小郭10余、堀切や土塁の一部が残っている。出雲国西部における軍事上の要衝として、尼子十旗の一つとされた。
 城主神西氏に関する資料は乏しいが、いわゆる尼子時代の後期に活躍した神西元通は有名である。元通は、尼子勝久らと尼子家再興を目指して毛利軍と戦い続けたが、天正6(1578)年播磨国上月城(兵庫県上月町)の戦いに敗れ自刃した。
       昭和63年7月 神西まちづくり推進協議会」(案内板から)
那売佐神社から山道を上がると城跡だ。これで4月4日は終り。宿へ向かう。


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