フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

貴布禰神社

貴布禰神社鳥居 貴布禰神社参道 貴布禰神社絵馬堂
「貴布禰神社の祭神は高龗神・闇龗神ほか八柱、旧県社。桑上村・桑下村の氏神で、山城国加茂大神宮を勧請したという。「作陽誌」は大宮と記し、もと倭文庄八社の一つで、倭文庄大宮、または倭文郷総社と称したという。寛文年中(一六六一―七三)大宮貴布禰大明神、慶応三年(一八六七)大宮貴布禰大神宮、のち大宮貴布禰神社・狼大神宮などと唱え、明治六年(一八七三)貴布禰神社となる。社蔵の棟札などによると、天正一一年(一五八三)宇喜多親次(江原兵庫頭親次)が社殿を造営しており、その後も再三改築され、現在の社殿は明治二一年の改築。霜月大祭は狼様の祭として、今も備前・備中・山陰からも参拝者が多い。」(『岡山県の地名』から)
 高梁市から津山市まで高速道路を使わずに、ここもカーナビで行くと、あまりに道が細くて近づけない。東から回り込むとなんと、鳥居を見つけた。車幅ギリギリだったが、何とか貴布禰神社境内に到着した。
桑上貴布禰神社地図

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