フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

識名宮

識名宮鳥居 識名宮参道 識名宮拝殿
「識名宮
[現]那覇市繁多川四丁目
 識名しきな園の北方、識名しきな霊園の北側に位置し、現在は民家の奥にある。琉球八社の一。祭神は本宮に伊弉冉尊、相殿左に速玉男尊、右に事解男尊を奉祀(八社縁起由来)。「琉球神道記」には「尸棄那権現」とあって、熊野神とみられるものの縁起は不明で、石窟が霊地となっているとある。「遺老説伝」によれば、識名しちな村はもと人家のない茫茫たる荒野であった。夜な夜な光輝が斗牛(北斗星と牽牛星)の間を差していたので大阿母志良礼が出向いて見てみると、一つの洞穴があって、その中に賓頭盧一体が安置されていた。大阿母は光輝は賓頭盧の霊応に違いないと尊信、人々もこれを聞きつけて尊信した。」(『沖縄県の地名』から)
識名宮横
 識名坂の方から近ずくと識名宮の後から接近することになる。駐車場の向うにお宮が見え、やれやれ見つけたとなった。お宮は大通りに面しているのだ。しかし石窟までは確認しなかった。
識名宮
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