フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

御斉峠(おとぎとうげ)処刑場

処刑場跡1 処刑場跡2
4月26日近江と伊賀の境の御斉峠に出かけた。タラオカントリークラブにカーナビをあわせて新名神信楽から向う。徳川家康が伊賀越えで逃げた道でもある。
「仕置場跡
 徳川家康が天下を統一し、征夷大将軍となり(1603年)江戸に幕府を置き、その直轄地に代官を置いた折、家康の旗本であった多羅尾光太の子光好が、信楽代官所の初代代官に命ぜられて依頼、明治維新まで世襲代官として代々多羅尾氏が代官を勤めてきた。
 その代官所の処刑場がこの地である。処刑された日は12月20日で、牢屋からだされた罪人は、裸馬に乗せられこの地で処刑されたと伝えられている。」
(案内板から)
 ここを歩いて下ると、オオカミ信仰の西山春日神社(木生神社)に至る。
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西山春日神社

   「西山春日神社由緒 一、主祭神 天児屋根命あまのこやねのみこと 一、例祭  四月五日 春日大明神縁起(奈良春日大社社誌)によれば、三笠山に御鎮座の春日四所大神に平安末期の久安三(1147)年正月七日西山庄より南都春日社の節句祭に御神供を備進、久安五(1149)年二月申日西山郷字赤衛谷を宮処と定め春日第三殿の天児屋根命を勧請とある。 鎌倉初期の文歴元(1234)年社殿焼失文和二...

  • 2015/05/09(土) 07:48:34 |
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