フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

峰山金刀比羅神社

金刀比羅境内 金刀比羅神門 金刀比羅拝殿
「文化8年(1811)藩主・京極高備創立の旧府社。最近勧請二百年を迎えている。祭神は大物主命。
峯山藩主6代京極高久は多度津(香川県仲多度郡多度津町)の京極家の二男であったが峯山京極家に養子入りした人で、その縁で郷里の金刀比羅宮(香川県仲多度郡琴平町)を勧請しようとしたが果せなかった。文化八年、子の7代高備の時に実現した。勧請には増長院の尊光が当たった。
讃岐の金毘羅権現は、日本一社の掟で、分宮を行なった先例はなかったが、こうした事情をたどってのことなので、このたびに限り、特別にお山の掟を破って、分宮を認めるというものであった。
藩主が勧請したこともあって、江戸時代には特別の保護を受けて発展したが、明治に入って神仏分離し、一時琴平神社、その後現社号に改めた。明治6年(1873)赤坂の篠著明神(咋岡神社)や安の稲代吉原神社の氏子600余戸を自社の氏子として郷社に昇格、その後府社となったという。」(泉京丹後市峰山町から)
佐々木神社
佐々木神社、峰山藩主・京極家の祖神を祀る。
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hottalab.blog103.fc2.com/tb.php/673-d6d0dd78
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad