フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

緒方三社・三宮八幡神社

そろそろ昼食にしたいが、本日3月20日は日曜日で、道の駅原尻の滝は人がいっぱい!もう少し探索を続けることにする。
三宮八幡石段 三宮八幡神門 三宮八幡本殿
「恐ろしい大蛇の子孫といわれる惟栄はもともと平家側の平資盛の家人であったが、後にはこれに反逆し、源氏側について太宰府に滞在していた平家を攻撃して九州から追い出す。その後、平家陣営を助けていた宇佐八幡宮の宮司である宇佐氏を攻撃するため、宇佐神宮に侵入して火をつけ神宮を焼き払う。
 伝承によれば惟栄は宇佐神宮に火をつけて焼き払う時、矢が飛んで来て身に当ったが、神の怒りをかい、めりこんだ矢を抜こうとしても抜くことができなかった。それで自領に故郷である豊後大野市の緒方町に帰り、八幡神のための神殿を建立して神を祀ることなどを約束すると、刺さった矢も抜け、負傷した体もきれいに治ったという。
 豊後大野市に帰ってきた惟栄は宇佐八幡神との約束通り、山(元宮)で矢を射て八幡神の居場所を探したが、最初の矢が落ちたところに一宮八幡社、第二の矢が落ちたところに二宮八幡社、第三の矢が落ちたところに三宮八幡社を勧請したという。一宮八幡社の祭神は応神天皇の父である仲哀天皇、二宮八幡社の祭神は応神天皇、三宮八幡社の祭神は応神天皇の母・神功皇后が祀られており、今も豊後大野市緒方町にはこれらの神宮が伝わっている。」(「大分の緒方三郎惟栄始祖伝説・国宝宇佐八幡宮伝承と韓国―その伝承地を訪ねて―」金賛會『ポリグロシア』 13, 83-95, 2007-10 、立命館アジア太平洋研究センター)
三宮宮祖母山遠望
 三宮神社の神門辺りから祖母山を遠望する。やはり三角の頂がそうだろう。(後でカシミール3Dで確かめると、三角の頂は傾山、祖母山は右手奥のようだ)
 三宮神社では家族と参拝に来られていたジオパークのガイドをしているという方と言葉を交わす。みな、この高い石段を見上げて、ここに登るのをあきらめるそうだ。


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