フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

市神神社

市神神社遠景 市神神社入口 市神神社本殿
「市神神社 『八日市場市神之本紀』大江基房
 由緒「市神ノ本紀」によれば、推古天皇元年、聖徳太子四天王寺を造営し給ふ時、同郡白鹿山の東の麓において幾千万の瓦を造らせ難波津に運ばせたまふ、然るに太子かの山に渡らせられ新に瓦屋寺を営し、且つ捊川の北に民家数百戸を置き、事代主命の神像を刻し一祀壇に納め、同九年始めて市店を開き、士農工商の別なく交易する事を教へ給ふ「其の後正暦の頃、安倍晴明白鹿山に詣で此の神像を排し、太子の遺志を継ぎ市店鎮護の祈りを奉り」云々とあり境内にりっぱな聖徳太子像がある。また万葉集最高の女流歌人、額田王立像を、おまつりするのでその銘碑がある。」(案内板から)
聖徳太子像 狐
 5月4日滋賀県東近江市八日市の市神神社を訪ねる。JR近江八幡から近江鉄道に乗り換えて八日市まで行く。地図を見ると道が変な具合に曲がっていて、これはあまり昔と変わっていないのではないかと思われる。

市神神社は西を向いていて、その西に市が拡がっていたようなのだ。




スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hottalab.blog103.fc2.com/tb.php/729-5e400188
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad