フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

神長官守矢家

神長官守矢家祈祷殿 大祝諏訪家墓所
 「市指定文化財
神長守矢家祈祷殿
     昭和五十六年三月三十一日指定

 守矢家の祖先は諏訪大明神建御名方命入諏以前からの土着の神といわれ、古代以降上社大祝(おおほうり)を補佐し、上社五官の筆頭として代々祈祷と政務事務を掌握してきた家柄である。
 現在同邸内には祈祷殿のほか、旧祈祷殿遺跡・御頭役郷庄の精進屋遺跡・御頭みさく神・勅使殿等がある。
 神長官家の祈祷は一子相伝で、神長以外他の何人もたずさわるを許されず、神長が祈祷殿に籠って祈祷調伏した記録が『満実書留(まんじつかきとめ)』(守矢文書)に数多くみえており、また、守屋頼真が後年、長坂筑後守に与えた書状には「殊更壬刁(みずのえとら)九月廿四日ニ御願書御越候 神長一人にて終夜御祈祷申候處其儘御祈祷相叶候」と記されてあり、これにより、神長守矢頼真が天文十一年(一五四二)九月二十四日、武田晴信(信玄)のために祈祷殿に籠って戦勝祈願を行い、高遠頼継の率いる高遠勢の調伏があったことを裏付けている。

                    昭和五十八年三月
                      茅野市教育委員会」(案内板から)
 諏訪ではどんな小さな祠でも四隅に御柱が立られている。諏訪大社の御柱祭は7年ごとに行われるが、それぞれの地区ごとの御社では、それぞれのペースで行われているようで、その御柱があちこちで見られる。
相本一ノ御柱 神長官守矢家小社



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