フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

諏訪大社上社本宮

上社本宮参拝所 上社本宮拝殿 上社本宮一ノ御柱 上社本宮四ノ御柱遥拝所
「神奈備
神奈備は神のいます森を意味する。わが国にはもと社殿がなく、聖地に神籬(ひもろぎ)か磐座(いわくら)を立てて神を祭ったが、祭壇や氏人たちを風雨から守る仮小屋を祭の後も常置するに至って、社が発生した。民間信仰における聖地も種々だが、そこに伝わる神聖観と禁忌は、もとその場所が何らかの祭場であったことに起因すると思われる。福井県の大飯郡大飯町大島のニソの森、島根・岡山県の荒神森、対馬の天童地・シゲ、南九州のウッガン・モイドンなどの中には、古木を囲む藪が聖地で祭以外の出入が禁じられ、枯枝を拾っても祟りがあるとされるものが多い。沖縄のオタキは老木や巨巌を中心とした拝所で同様の禁忌を伴い、神アシャゲは村落内の共同祭祀場で、これも聖地となっている。東北のモリは祖霊の集まる山上の祭場で、祖先供養が行われる。
(平井直房「聖地」『国史大辞典』から)」
神紋榖の木
 拝殿の向きと勅願殿の向きが違うなど、諏訪大社には謎が多い。神体山としての守矢山も三輪山や富士山のようにすっきりと見通せる山ではない。むしろ、神奈備のように、森そのものを遥拝すると観た方がよいのだろう。
上社本宮四脚門 上社本宮勅願殿
 鳥居前には土産物店が並び、バス等の駐車場もあり、いかにも観光地である。
上社本宮雷電像 上社本宮境内案内図
「 この聖地にある諏訪上社の祀職は、我国神道史上極めて特色ある制をもっている。即ち上社の祀職の長は神の子孫であるといわれ、神別の系譜を伝える大祝である。中世において大祝は祭神と同一視され、「出雲国造家」と同じく、生き神・現人神とされてきた。大祝家は「神氏」を名のり、大祝は神氏一族の童男が襲職した。この大祝を中心として五官の祝がいた。五官は神長官(守矢氏)、祢宜太夫(小出氏)、権祝(矢島氏)、擬祝(小出氏)、副祝(守矢氏)から構成されていた。就中注目すべきは神長官守矢氏である。守矢氏は中世記録によれば、建御名方命以前の土俗神、洩矢神の後裔と伝えられており、上社大祝位付等重要な神事実務はことごとく守矢神長官が取り仕切っていた。つまり、生き神大祝と氏人との審神者(さにわ)(媒介者)の役目を果たしていた。」(福原敏男「御室祭祀と廻湛神事」『大阪市立博物館研究紀要』第15冊、1983)
 8月7日はこれで終わり。8月8日は御柱会館の模擬御柱で孫たちの写真を撮り、それぞれに分かれた。岐阜県関の刃物会館に寄ってミニ鋏を買ったりして帰宅。
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