フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

円覚寺

1月31日から2月2日まで、鎌倉に出かけた。LCCで羽田まで行き、公共交通機関で鎌倉まで辿り着き、後は歩きまわった。まず最初は、JR北鎌倉駅に降り立ち円覚寺まで行った。
円覚寺山門 円覚寺本堂
「 円覚寺が北条時宗によって正式に成立したのは、二度目の蒙古来襲のあった翌年の弘安五年(1282)のことで、治承四年(1180)の頼朝の旗上げから数えると102年後のことである。この間に江戸前島は平重長―関興寺に属した時期もあり、平間は葛西清重の所領だった時もある。この二ヵ所がいつ円覚寺領になったかは不明だが、『円覚寺文書』の限りでいえばこの二ヵ所は正和四年から、徳川家康が江戸入りをした天正十八年(1590)までの276年は円覚寺領だったのである。」(P91)
「文書の上で確認できる限りで円覚寺の江戸領有時代は約276年間におよぶ。徳川時代の278年間とほぼ同じ期間なのである。」(P9)
「『千年の都』京都で代表される古代以来の『王城の地』は別格として、現存するわが国の多くの都市の中で、少なくとも中世以来現在まで通して、その都市的状況が記録され続けた場所は、例外的といってよいほどに少ない。そしてこの例外的な存在の一つに江戸がある。」(P15)
(鈴木理生『江戸はこうして造られた』筑摩書房、2000から)


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