フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

建長寺

建長寺山門 建長寺仏殿 建長寺法堂 
 建長寺の伽藍配置は山門から仏殿、法堂まで一直線上に建てられている。
「 建長寺は時頼の意向を受けて建設された寺であったが、かつて、その地は刑場であった。それゆえ、刑死した人々の弔いのために、地獄に落ちた人をも救うという地蔵が本尊であるという。
 この寺が建てられたことは、日本禅宗史上画期的なことであった。というのも、栄西の伝えた禅宗が密教との兼修という性格を強くもっていたのに対して、本場、中国の純粋禅が日本に根付き、諸国へ広まる契機となったからである。そのことは『野守鏡』(1295(永仁三)年成立)に『禅宗の諸国に流布することは、関東に建長寺を建てられしゆえ也』とあることにも読み取れる。」
(松尾剛次『中世都市鎌倉を歩く』中公新書、1997から)
建長寺方丈唐門
 その奥の方丈唐門。



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