フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

巨福呂坂切通し

巨福呂坂入口 巨福呂坂トンネル
「一遍聖絵」第五巻第五段では弘安五(1282)年三月一日、一遍が「こふくろさかよりいりたまふに」武士が鎌倉入りを拒否したという場面がある。これは現在トンネルになってしまった巨福呂坂切通しだと考えられている。しかし異論もあるようだ。
「円覚寺の北西に位置する小袋谷、小坂の地を比定する考え方も考古研究者や地元には根強くある。
  場面の主題が執権北条氏の支配する都市領域に入れなかったことにあるとすれば、後者の説は魅力的である。JR線北鎌倉駅近くにある円覚寺から建長寺にかけては北条氏ゆかりの地域であり、『山内』(中世の小福礼、小袋領域)は鎌倉内部の認識である。藤沢方面からきた一遍の一行は、当然小袋谷を通過して『山内』に入ることになる。」
(古川元也「絵空事か、真景か」『図録 国宝一遍聖絵』から) 
 なるほど、JR横須賀線に沿って、北鎌倉駅の北西には小袋谷の地名が今も残っているのだ。



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