フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

累塚

累塚1
「かさね塚の由来
祐天上人は増上寺第36代の大僧正で徳川家5代~8代まで歴代将軍の帰依を受け、四海に響く名僧であった。
 寛文8年の頃、上人飯沼弘経寺に在住の頃、累一族の怨霊を化益された事蹟あり。
 文政年間、鶴屋南北が歌舞伎に脚色上演し、天下の名作との誉れ高く、上人の遺徳愈々高まる。大正15年、6世尾上梅幸、15世市村羽左衛門、5世清元延寿大夫等が施主となり、
現在地にかさね塚を建立し、累一族の霊を弔い、上人の威徳に浴することになった。
 爾来、歌舞伎清元の上演者は必ず、この塚に詣で累一族を供養して興業の無事と、上演の盛会を祈願することが慣習となっている。
                                                      以上」
累塚2       累塚3
目黒・祐天寺にて

累リンク集
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hottalab.blog103.fc2.com/tb.php/79-1f9c0eae
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

東京フィールドワーク

昨日と本日、東京だった。 祐天寺と全生庵。 累についてのフィールドワークである。 谷中墓地、入谷鬼子母神、池波正太郎記念文庫、江戸東京博物館なども立ち寄る。

  • 2008/09/01(月) 09:13:48 |
  • what\'s new

FC2Ad