フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

大津絵美術館・円満院門跡

大津絵美術館001
 円山応挙に「七難七福図巻」を描かせたのが円満院祐常であった。円満院には応挙の作品がたくさん遺されていたが、現代に入ってからの不祥事で、ほとんどが売り払われてしまったと聞いていた。そもそも応挙美術館でなくて、大津絵美術館とは何のことだろうと思っていた。
円満院三心殿 円満院庭園 円満院宸殿
 確かめに来てみると、宸殿や庭園を経て、大津絵が展示されている部屋に着く。その後が、同じくらいの広さの部屋に、主に応挙のスケッチが所せましと展示されていた。これは観に来てよかった。さすがに完成品の作品はほとんどないが、むしろ応挙の存在感を感じ取れる。
「 応挙と祐常との出会いは、応挙が少年の頃、亀岡から京都に出、玩具商の尾張屋に奉公したことに端を発している。人形や様々な玩具を制作していた尾張屋は尼門跡寺院である宝鏡寺にも出入りをしていたと思われるが、応挙はこの宝鏡寺の蓮池院尼公にかわいがられ、その画技を高く評価されて、左源太の名で仕えるようにもなっていった。この蓮池院尼公は桜町天皇の御局を勤めていた人物でもあるが、桜町天皇の后、青綺門院の弟公が祐常であった。絵画に大変興味を抱いていた祐常に蓮池院尼公が応挙を引き合わせたのはきわめて自然の成り行きであったと思われる。」
(図録『円山応挙―相国寺・鹿苑寺・慈照寺所蔵』相国寺承天閣美術館、2013、P256から)

 琵琶湖博物館からは大橋を渡らずに、湖の縁を回って、大津市街にある三井寺まで向かう。

借金なんと55億円(週刊文春)

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穴太村金剛寺

   7月16日実践プロジェクトAとして2回生を連れて金剛寺へ。はじめてご住職とお目にかかり、説明を受けた。 応挙研究会がちょうど本日当寺で開催されるとのこと、お忙しい中、朝の9時30分から10時くらいの時間を割いて下さった。

  • 2017/03/15(水) 07:13:23 |
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大乗寺

圧倒的な応挙空間を構成して、そのまま残っている寺院。ネット上にデジタルミュージアムもあるが、何しろ3次元空間なので実際に歩いて回ってみなければ本当のおもしろさはわからない。 デジタルミュージアム。 大乗寺地図

  • 2017/03/15(水) 08:31:35 |
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