フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

比叡山文殊楼

文殊楼石段 文殊楼
 根本中堂を見下ろす所に楼門があり、中に入れる。楼門の階上には文殊菩薩が祀られている仏壇がある。
「 元三大師良源については今日あまり知られていないので、簡単に述べておこう。912~985年、18代の天台座主である。彼以前、叡山は根本中堂などの諸堂塔を失い荒廃していた。創建当初は小堂だった根本中堂を巨大建築として再建したり、横川を開発したりするなど比叡山発展の基礎を作った。寺社勢力としての比叡山の創始者は、最澄ではなく良源である。彼の時代すでに悪僧が多数住しており、園城寺との争乱も起こっていた。祇園社を興福寺から奪取したのも彼である。『往生要集』の著者源信はその弟子である。謚号は慈恵大師。命日が正月三日であることから、「元三大師」の通称で親しまれている。横川にある良源の住房跡には良源像が安置されている。『今昔物語』に多くの逸話を残す。『徒然草』は良源を起請文の創始者だと記す。没した直後から今日に至るまで、「角大師」「豆大師」「厄除大師」などと呼ばれ、広く民間信仰を集めている。角大師の画像は、骨と皮とに痩せさらばえた鬼の絵である。良源が鬼の姿に扮装して疫病神を追い払った時の像であるという。魔除けの護符として京都の民家に貼られた。伝説の偉人である。」
(伊藤正敏『寺社勢力の中世』P164~165)
角大師001
「角大師
元三大師良源の画像を角大師と称する。この絵は、良源が夜叉の形相となった姿を写生したものと伝えられ、つのの生えた黒鬼が、「いざ参ろう」と立てひざしているごとき絵で、江戸期には魔よけとして門口にはられた。」
(『日本架空伝承人名事典』から)


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