フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

奄美市立奄美博物館

名瀬港02 日本丸 奄美博物館 奄美博物館地図
 3月29日、まず奄美博物館に向かう。地図のように名瀬港の防波堤のすぐ近く。途中、豪華客船日本丸が碇泊していた。博物館へ行ったのは、島尾敏雄についての展示と図録があるかと期待してのこと。後で知るのだが、奄美図書館に記念室ができていて、展示はそちらの方が充実していた。
 博物館で興味を惹いたのが、2階の『南島雑話』の展示で、後で調べると平凡社東洋文庫で2冊本として出ていた。絵入りの民俗誌だが、けっこう怪綺談が多いのだ。幻獣もたくさん。
カワタロ・山ワロ 綾蛇 チリモヌ 駝竜01
「駝竜だりゅう、先年内之海と云所にて海中より毎々陸地へあがり、海辺の草深き所に寝けるを村人見当りし事あり。或時、里の女見当り、馬の綱に木をくくり取りたるを追々男共来り打殺す。
其肉を村老人、若人は万一も毒に当りなば、試に我ら食ふべし、其上にて若き人ども可✓食と烹て食けるに味甚美なり。依て若人ども食けるとなり。味海亀の味に似たりと云。
此竜、古より住けると云事不✓伝、近此に内海の入口段々浅くなりける故、此竜を取て后、如✓此と里人云伝ふ。
○駝竜、アマダツ。伝は本文に出す故、略す。」(名越左源太『南島雑話』1、P167~168、から)
 これなどは、ワニについての記述である。
 著者、名越左源太(なごや・さげんた)は薩摩藩上流の武士、嘉永二(1849)年におきた薩摩藩のお家騒動に連座したために、翌嘉永三(1850)年三月大島遠島の刑に処せられ、奄美大島名瀬間切の小宿村に安政二(1855)年四月まで配流の身を送っていた時の記録が『南島雑話』であった。永井亀彦の詳細な研究があるようだ。(國分直一「『南島雑話』解説」から)
 現代では河津梨絵「『南島雑話』の構成と成立背景に関する一考察」という論文がPDFで読める。
奄美博物館07 奄美博物館06


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