フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

出雲大社

出雲大社参道 出雲大社参道2 出雲大社鳥居
「律令制下においても、出雲臣は国造を世襲し、熊野大社が鎮座する意宇郡は、神郡として重視され、出雲臣は国造と意宇郡大領を兼任した。新国造の制度は、補任の形式をとったが、国造就任のおりには、朝廷に参向して神賀詞を奏上した。霊亀二年(七一六)の国造果安(はたやす)の奏上、神亀元年(七二四)の国造広嶋の奏上をはじめとして、天長十年(八三三)の国造豊持の奏上まで、神賀詞の申上が行われた。広嶋は天平五年(七三三)の『出雲国風土記』編纂者の有力者となり、記紀神話とは異なった出雲土着の伝承を収録している。国造職は、南北朝の時代から、千家・北島両家に分かれてうけつがれたが、この両家は出雲国造の系脈を継承して今日に及ぶ。特にその相続にあたっての火継式は有名である。」(『島根県の地名』から)
出雲大社素戔嗚社 出雲大社神体山 出雲大社千家国造館
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