フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

比売埼

十神山j 十神山ドローン
8月1日は安来港集合。十神山公園からドローンを飛ばす。ここは、出雲風土記の比売埼伝承地である。ワニザメに猪麻呂の娘が食われたので、猪麻呂は復讐を誓うと、ワニザメ共が娘を食ったワニザメをとり囲んで引き渡しに来るというスゴイ神話。安来港には比売像があるし、駅の近くには、語臣猪麻呂像、また日立金属工場の入口には毘売塚古墳があるのだ。
「比売埼(ひめさき)
 この郷(安来郷)の北海に比売埼がある。飛鳥浄御原宮御宇(あめのしたしらしめす)天皇(天武天皇)の御世、甲戌(こうじゅつ)(674)年7月13日、語臣(かたりのおみ)猪麻呂(いまろ)の娘がこの埼を散歩していて、たまたま和邇(わに)に出遭い、殺されて帰らなかった。そのとき、父の猪麻呂は、殺された娘を浜のほとりに埋葬し、たいそう悲しみ怒って、天に叫び、地に踊り悶え、歩いてはむせび泣き、すわりこんでは嘆き悲しみ、昼も夜も悩み苦しんで埋葬した場所を去らないでいた。
 そうする間に数日を経た。そうしてついに憤激の心を奮い起こし、矢を研ぎ鉾を鋭くし、しかるべき場所を選んですわった。神々を拝み訴えて言ったことには、「天つ神千五百万、地祇(くにつかみ)千五百万、それにこの国に鎮座なさる三百九十九の神社よ、また海神たちよ。大神の和魂は静まり、荒魂は皆ことごとく、猪麻呂の願うところにお依りください。まことに神霊がいらっしゃるのなら、わたしに和邇を殺させてください。それによって神霊が神であることを知りましょう。」といった。そのときしばらくして、和邇が百匹あまり、静かに一匹の和邇をとり囲んで、ゆったりと連れだち近寄ってきて、猪麻呂の居場所の下につき従い、進みも退きもせず、ただ囲んでいるだけであった。そのとき猪麻呂は、鋒をあげて真ん中の一匹の和邇を刺し殺して捕えた。それが終わると、百匹余りの和邇はちりぢりに去っていった。殺した和邇を切り裂くと、娘の脛一切れを切り出した。そこで和邇を斬り裂いて串ざしにし、路傍に立てた。」
(『解説出雲国風土記』P37~38)
比売像 語臣猪麻呂像 毘売塚古墳鳥居 毘売塚
毘売塚古墳
「毘売塚(ひめづか)古墳 島根県指定史跡
  中海を望む丘陵の突端に、5世紀代に築かれた全長約42mの前方後円墳。階段が途中で急になっている部分が、古墳の裾にあたります。斜面には葺石がみられ、墳丘からは円筒埴輪が出土しています。
 古墳頂部から安来市荒島産の凝灰岩で作られた舟形石棺が発見され、中には鉄剣と人骨が残っていました。石棺は現在埋め戻され、その上には石碑が立っています。
 石棺の外からは、鉄剣・鉄鉾・鉄鏃・漁具(ヤス)などが出土しています。
                                          平成25年3月 安来市教育委員会」(案内板から)

安来地図
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