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フィールドノート(民俗野帖)

「研究ノートと書評」改め

豊照神社毘沙門堂

豊照神社 豊照神社案内板
「豊照神社 毘沙門堂
 この社は上宮の真北にあたり、かつては毘沙門堂とよばれ、北側を守護する毘沙門天が祀られていました。毘沙門天は多聞天とも呼ばれ、四方を守護する四天王の一人です。
 毘沙門天立像は平安時代の作とされる優れた等身大の木彫りの作品ですが、残念ながら表面の傷みが進み、現在は求菩提資料館で保存・管理しています。
 明治5(1872)年の「修験道禁止令」後に求菩提山護国寺は国玉神社となり、毘沙門堂も豊照神社と改められました。現在の堂社はそれ以降に神社建築で立て直されたものです。建築材を調べると江戸時代にさかのぼる古い材木が使われており、毘沙門堂の名残を伝えています。記録によれば、当時の毘沙門堂は現在の堂社と規模はほぼ同じで、屋根が茅葺であったと記されています。」
(案内板から)
多聞天01
(『求菩提資料館常設展示図録』から)
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